「外郎売りの科白」印刷用
二代目 市川団十郎
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拙者親方と申すは、御立合の内に御存知の御方もござりましょーが、お江戸を立って二十里上方、相州小田原、一色町をお過ぎなされて、青物町を上りへ お出でなさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、只今では剃髪いたして圓斎と名乗りまする。元朝より大晦日まで、お手に入れまする此の薬は、昔、珍の国の唐人、外郎と云う人、我が朝へ来たり。帝へ参内の折から、此の薬を深く籠め置き、 用うる時は一粒ずつ、冠の隙間より取出す。依ってその名を、帝より「頂透香」と賜る。 即ち文字には、「頂き、透く、香ひ」と書いて「頂透香」と申す。只今では此の薬、殊の外世上に弘まり、方々に似看板を出し、イヤ、小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のと、色々に申せども、平仮名を似って「ういろう」と記せしは親方圓斎ばかり。もしや御立合いの内に、熱海か、塔ノ沢へ湯治にお出なさるか、又は、伊勢御参宮の折からは、必ず門違いなされまするな。お上りならば右の方、お下りならば左側、 八方が八つ棟、面が三つ棟玉堂造り、破風には菊に桐の薹の御紋を御赦免あって、系図正しき薬でござる。イヤ最前より家名の自慢ばかり申しても、ご存知ない方には、正真の胡椒の丸呑、白河夜船、されば一粒たべかけて、その気味合いをお目にかけましょう。
先づ此の薬を、かように一粒舌の上に乗せまして、腹内へ納めますると、イヤどうも言えぬわ、胃、心、肺、肝が健やかに成りて、薫風喉より来り、口中微涼を生ずるが如し、魚、鳥、茸、麺類の喰合せ、その外、万病即効あること神の如し。
さて、此の薬、第一の奇妙には、舌の廻ることが、銭独楽が裸足で逃げる。ヒョッと舌が廻り出すと、矢も盾も堪らぬじや。そりゃそりゃそらそりゃ、廻ってきたわ、廻ってくるわ。アワヤ喉、サタラナ舌に、カ牙サ歯音、ハマの二つは唇の軽重。開合爽やかに、アカサタナハマヤラワ、オコソトノホモヨロヲ。一つへぎへぎに、へぎ干し、はじかみ、盆豆、盆米、盆牛蒡、摘蓼、摘豆、摘山椒、書写山の社僧正。小米の生噛み、小米の生噛み、こん小米の小生噛み、繻子、緋繻子、繻子、繻珍、親も嘉兵衛、子も嘉兵衛、親嘉兵衛子嘉兵衛、子嘉兵衛親嘉兵衛、古栗の木の古切口、雨合羽か、番合羽か、貴様の脚絆も皮脚絆、我等が脚絆も皮脚絆、尻皮袴のしっ綻びを、三針針長にちよと縫うて、縫うてちょとぶん出せ、河原撫子、野石竹、野良如来、野良如来、三野良如来に六野良如来、 一寸先のお小仏に、お蹴躓きやるな、細溝にどじょにょろり。京の生鱈、奈良生真名鰹、ちょと四五貫目。お茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃつと立ちょ茶立ちょ。青竹茶煎で、お茶ちゃつと立ちゃ。
来るは来るは、何が来る。高野の山のお柿小僧、狸百匹、箸百膳、天目百杯、棒八百本。武具、馬具、武具馬具、三武具馬具、合せて武具馬具六武具馬具、 菊、栗、菊栗、三菊栗、合せて菊栗、六菊栗。麦、塵麦塵、三麦塵、合せて麦塵、六麦塵。 あの長押の長長薙刀は、誰が長押の長長薙刀ぞ。向こうの胡麻殻は、荏の胡麻殻か、真胡麻殻か、 あれこそ本の真胡麻殻。がらぴいがらぴい風車。起きゃがれ小法師、起きゃがれ小法師、昨夜も溢して又溢した。たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりから、ちりから、つったっぽ、たっぽだっぽ一丁蛸、落ちたら煮て喰お、煮ても焼いても喰われぬものは、五徳、鉄灸、金熊童子に、石熊、石持、虎熊、虎鱚、中でも、東寺の羅生門には、茨木童子が腕栗五合掴んでおむしゃる、かの頼光の膝元去らず、鮒、金柑、椎茸、定めて五段な、蕎麦切り、素麺、饂飩か、愚鈍な小新発知、小棚の、小下の、小桶に、小味噌が、小有るぞ、 小杓子、小持って、小掬って、小寄こせ。おっと、合点だ、 心得田圃の、川崎、神奈川、保土ヶ谷、戸塚を、走って行けば、灸を擦り剥く、三里ばかりか、藤沢、平塚、大磯がしや、小磯の宿を七つ起きして、 早天早々、相州小田原、透頂香。隠れござらぬ貴賎群衆の、花のお江戸の花うゐろう、 あれあの花を見て、お心を、お和らぎやと言う、産子、這う子に至るまで、此の外郎のご評判、ご存知ないとは申されまいまいつぶり、角出せ、棒出せ、 ぼうぼう眉に、臼、杵、擂鉢ばちばち桑原桑原桑原と、羽目を外して今日お出での何茂様に、上げねばならぬ、売らねばならぬと、息せい引っ張り、東方世界の薬の元締、薬師如来も照覧あれと、ホホ敬って、うゐろうは、いらっしゃりませぬか。(1884字 終)