2642 people were swallowed in The Waki-honjin Kishiro house. (20190524)

On one day before of Sakura festival, Saturday, April 13, it was very sunny.

The Kishiro house get 2642 visitors on the fine Saturday.

I was on duty to open the Waki-honjin Kishiro house. The Waki-honjin was a subsidiary inn used by a daimyo’s attendants during the Edo period. The Kishiro house has been used by Matsudaira clan of the Matsue Domain, area around Matsue city, Shimane Prefecture in present days.

Amazingly, the number of the one day’s visitors were about 3 times of the population of Shinjo village.

Thank you for listening!

※subsidiary:付属的、attendants:付添人、Matsudaira clan:松平家、Matsue Domain:松江藩、

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文化財保護研修会で山中一揆について説明

10月2日に行われた津山教育事務所主催の文化財保護委員さんら60名ほどの参加者を前にして、山中一揆について説明をさせていただき、その後、山中一揆で最初の処刑地となった新庄村今井河原と関連すると思われる六十六部廻国碑の案内、さらに江戸時代の松江藩の宿場の脇本陣の説明をさせていただきました。
津山教育事務所のホームページ内にその紹介があったので、その写真とPDFのリンク先を掲載させていただきます。

http://www.pref.okayama.jp/uploaded/attachment/243320.pdf

脇本陣木代邸の案内~パソコン使用20周年記念

パソコンを購入してから今日で20周年となる。それまでのワープロだけの生活からずいぶん状況は変わったように思う。当時のパソコン(ウィンドウズ95)、NECのキャンビーというようなパソコンだった。購入に当たって「社会科の授業で必要な情報をインターネットで検索できるから」という理由づけをし、当時手取り給料の2カ月分は十分にかかったように思う。パソコンの容量は今のスマートフォンよりも少なく、遅い。インターネットといっても接続までの時間が電話回線で、ピーピーと音のなる時間が長く、表示も遅く、調べることのできる情報も少なかった。使用しながらネットの情報も誰かがアップしないと探せないということに気づき始め、自分が困るように他の人も同じように思っていることだろうと、ホームページ作りにも力が入っていった。
20周年記念などとタイトルに書いたが、それほどの意味はなく、ホームページのサイトページ数は400を超えている。
新庄についても写真などはよく載せてきたが、新庄村についてということではほとんどページもなかった。
今年、新庄宿町つくりの会の活動として、木代邸の受け付け案内を数回させてもらう機会を得た。ただ木代邸そのものについての知識も大してなかったので、会の資料や新庄村史、インターネットなどを通じて木代邸について写真とともにページとしてまとめることを思いついた。

「脇本陣木代邸」は
http://www.can-chan.com/shinjo/kishirotei.html

上の写真のようなページです。

がいせん桜が見ごろを迎えると、この木代邸への入場者(無料です)も1日に2000名~3000名にも上る。がいせん桜は見たけど脇本陣の木代邸には入り損ねたという人のためにも、このページが少しでもお役に立てたら幸せなことです。

全国で現存する脇本陣はわずか6か所だということです。そのうちの一つなのです。多くの方が訪れることをお待ちしております。