この山には蝶とともに鹿や猪が住んでいます。仲良く暮らせているのでしょうか。
ウロとスイの二頭の蝶は、同じような色だし一頭と数えられる鹿を見かけて、仲間だと思って傍に行きました。
「ウロは鹿くんの右の耳に入って。私は左耳の中に入るから。そこで休もう。」
「スイちゃんはいっつも先にものごとを決めるんだから。」
「でも鹿の耳ってよく動くよね。ウロもぼお~っとして、うろうろよそ見してると振り落とされるかもよ。」
「大丈夫だよ。スイこそ、ダイエットばかりして軽くなっているから、スイーッと振り落とされるよ。」
「でも、耳の中に入っていると楽だよね。」
鹿は、両方の耳に小さな蝶が入っているのもわからず、急にくすぐったくなって耳をバタバタ振っています。でも蝶たちは気持ちがいいので逃げようとはしません。鹿は諦めて歩いていると眼の前に美味しそうな白い花、オカトラノオがありました。これは食べる以外にありません。
「スイちゃん、大変! 鹿くんが僕たちの大好物のオカトラノオの花を食べようとしてるみたい? よだれまで流してる。」
「えーっ! すぐ止めなくちゃ!」
「よし、僕が鹿の右の目の前でバタバタ羽ばたくから、スイちゃんは左の目!」
2頭の蝶は必死で鹿の目の前でバタバタと羽ばたきました。
「何だ何だ。さっきまで耳がくすぐったいと思っていたら、今度は目の前が揺れて地面が波打ってるように見える。僕の体が壊れたみたい、一体どうしたんだろう?」
鹿は何とかならないものかと首を上や下に、右や左に振ります。しかし、さっき見えていた美味しそうに見えていた花は余計に揺れ、地面までガランガランと大波が来たように揺れてきました。蝶たちはその動きに合わせて身軽に動いて鹿の目の前を舞っています。鹿はあんまり首を振りすぎたものだから、すっかりくたびれ、山の中のねぐらに帰っていきました。
ほっとしたウロとスイは、食べられずに残ったオカトラノオの花の上に止まって休みました。
「やっぱりウロも、ここという時はがんばるね。」
「スイもなかなかやってたね。さすがにくたびれたから、この花の上でゆっくり休もう。」
「そうね。やっぱりここはお互いに、蜜を吸い吸いしよう。」
「スイが、吸い吸いね。」
蜜をたっぷり吸って元気が出始めた時、ドシドシという音が聞こえてきました。ふたりが振り向くと、今度は猪です。鹿と同じようにウロやスイとも同じような色だから、仲間だと思ってしまいます。ウロとスイはまた猪に近づき、今度は背中に止まりました。硬い毛皮の猪は蝶が止まったなんて少しも感じません。
「スイちゃん、大丈夫? 体も硬いけど、この毛一本一本が針みたいだね。僕たちと同じような色だけどずいぶん違うね。」
「ほんと。でもどこに行くんだろう。あれ?地面を掘り出した。」
「うおー、いたいた。ミミズがたくさん出てきた。狙い通りだ。」
猪は、地面を掘ってミミズを食べ始めました。かと思うと、地面に横になってゴロンゴロンと体を土にこすりつけています。
ウロとスイは、慌てて猪から離れて羽ばたきながらその様子を見ていました。
「ウロ、見て、猪の近くにオミナエシの葉っぱが見える。あの葉っぱを傷められたら、私たちは卵を産めなくなるわ。」
「何とかしなくちゃ。」
ウロとスイが困っているところに自然保護メンバーがパトロールにやって来るのが見えました。スイがその人たちの前まで飛んでいきました。
「あっ、あれっ! ウスイロヒョウモンモドキじゃない? 何年ぶりだろう?」
パトロールの人たちはスイを追いかけました。久しぶりに出会えてみんなの顔に笑顔が広がっています。
それまで地面を掘ったり、転がったりしていた猪も、人の気配を感じて
「うおー、人間がやってくる。捕まったら大変だ! 逃げなくちゃ!」
猪は慌てて山の中に飛び込んでしまいました。パトロールの人たちがやってきてくれたおかげで、ウロやスイの大好物はなんとか守られることができました。
里山のそのまた山の中での、猪と鹿と蝶たちのあるひとときの生活と、パトロールの人たちのお話は、今日のところはこれでひとまず、お・し・ま・い。
( お・し・ま・い )