「どうしたの? 浮かない顔して。」

「だってさ、暑い日が続いたかと思ったら、大雨が降り続いたりで、今年も大変だったじゃない?」

「そういえば、がいせん桜が早く満開になったと思ったら、その上に雪も積もったね。」

「こんな異常気象じゃ、か弱い私たちウスイロヒョウモンモドキ一族には、厳しいよね。」

「ほんと。外に出ようとしたら大雨になって慌てて家に飛び込んだこともあったね。」

「そうそう。ちょっとした風でも吹き飛ばされるのに今年は台風も多かったしね。」

アミとタナは、オミナエシの葉っぱの裏にぶら下がりながら、今年を振り返っています。オミナエシが好きなこの二人は、ウスイロヒョウモンモドキという蝶です。蝶の仲間の中でも人懐っこくて、数年前までは人の服や指先にまで平気で止まっていました。

あまり見かけなくなったのは、いつ頃からなのでしょう。彼らが過ごしやすいようにと、自然保護活動の人たちを中心に、パトロールや卵の調査や草刈りなど環境を整えています。

「タナも気づいたでしょ。ある時、二人で散歩しかけた時、足音で二人とも慌てて隠れたことがあったじゃない?」

「あった、あった、そんなこと。隠れてみたら、保護活動でパトロール中の人たちだったね。あの時、猪かと思って慌てて隠れたんだよね。隠れなきゃ、あの人たちも僕たちの姿を見て、喜んでくれたのにね。」

「残念だったね。最近、こんな山の中でも猪が出て、私たちの大切なオミナエシやオカトラノオをお構いなしに、踏んづけたり、穴を掘りまくっている。ミントさんたちは、産んだ卵を台無しにされ悲しみに暮れていたね。」

そうなのです。里の人たちも猿や猪に田や畑を荒らされてせっかく育てた米や野菜を痛みつけられてしまうことが増えてきました。ウスイロヒョウモンモドキにとっても、猪や鹿によって、せっかくの産卵場所となるオミナエシを踏みつけられたり、オカトラノオの花の蜜が大好きなのにその花を食べられたり痛めつけられたりしているのです。

「それだけじゃないね。小さな虫も怖いよね。卵を齧られたら逃げる間もないしね。」

「あ~あ、お先真っ暗かあ?」

「そんなことないよ。弱気になっちゃだめ!」

「でもね~。」

「タナは、まだ言ってる。」

あらあら。アミとタナはいつも仲が良いのに、自分たちの未来を考えると、言い合いになることも度々あるようです。本当にどうしたらいいのでしょう。アミとタナと同じように、自然保護の人たちも頭を抱えて困っているようです。

「タナ、『求めよ、さらば与えられん』。」

「ナミ、何だい? その『求めよさようなら』って。」

「ふふ、『求めよさよなら』じゃなくて『求めよ、さらば与えられん』よ。つまり、こうなってほしいって思って、それに向けて努力すると願いが叶うってこと。諦めたらできることもできなくなっちゃう。」

「ナミって、意外に賢いんだね。」

「『意外に』なんて失礼ねえ。読書していると、つい知識が口からつい出てきちゃうの。」

「はい、はい。賢いね。だから、僕たちが仲間を増やしたいって思えばいいのかい?」

「まずはそうね。仲間を増やしたいと思って、お互い手を取り合って、困っている仲間を助け合うことは必要ね。」

「それだけじゃだめなの?」

「そう、だめ。でもあとは私たちの手では無理。だけど、力を貸してくれてる人たちがいる。自然保護の人たちが、汗を流しながらパトロールや草刈りし、刈り草をこの場所から持ち出して、私たちが過ごしやすいように環境を整えてくれている。」

「そうだった。あの人たちがいるね。あの人たちが僕らを応援してくれているんだ。なかなか人数が増えないって困っていたようだけど、草の持ち出しのときなんか、大学生も来てくれていたね。虫のことがとっても好きそうだったから、頼りになりそう。」

「タナもよくわかっているじゃない。それだけじゃなかったよね。今年は、小学生の男の子が一人、一緒にやってくれていたよ。最初は大丈夫かなって不安だったけど、自分の体より大きな草の束を下に持って降りていて、頼もしくなっちゃった。二十年、三十年先も大丈夫なんじゃないかな。心強いよ。」

小さな村の小さなか弱い蝶ウスイロヒョウモンモドキ。今は炭焼をする人も牛も人もずいぶん少なくなってきました。でもウスイロヒョウモンモドキや自然の草花を大切にしていこうという人はいます。ナミやタナたちを救おうとする思いが、村の人たちだけでなく多くの人の心を豊かにし、自然を豊かにすることにつながるのです。

( お・し・ま・い )