「キッキ、待ってよ!」
「モンタ、早くおいでよ」
梅雨も開け夏の太陽がまぶしい草原でウスイロヒョウモンモドキのキッキとモンタがうれしそうにヒラヒラと飛び回っています。
「モンタ、あの白いベンチで休むよ」
「えっ、白いベンチ? ああ、オカトラノオのことか。この白い花は甘い蜜が出ておいしいよね」
「この花に近づくと『休んでいったら?』って呼びかけられているような気がするわ」
「ぼくもおんなじ。お父さんやお母さんの言葉がぼくの体の中から聞こえてくるような気がする」
そよそよと吹く風にオカトラノオの花穂はゆうらゆら。キッキとモンタも一緒に気持ちよさそうにふうわふわ。
「おいしい蜜をいっぱい吸ったから、また散歩するわよ」
「ええっ、もう? ぼくもうちょっと吸いたいよー。あーあ、キッキったらいっつも先に飛び出すんだから」
「雨が長く降ったから、こんな晴れの日にはたっぷり散歩したいじゃないの」
「わかったよー。キッキ、待って待って」
「早くおいでよー」
「よーし、追い抜いてやる」
モンタは小さな羽を一生懸命動かしキッキを追い抜きました。
「えへん、どんなもんだい」
と触覚をぷるんと震わして得意になっていました。ところがキッキは急に下に降りて草むらの中に入っていってしまいました。
「あれぇ、キッキ、急にどうしたの」
モンタは急いでUターンをして追いかけます。
「草の中も面白いよ。草の茎がいっぱい伸びていて、その間をぶつからないようにジグザクに飛ぶのって、スリルがあって楽しいよ」
キッキとモンタはヒラッ、ヒラ、ヒラリ、ヒラララ、ヒラリと草むらの間を上手に、ワイワイ、キャーキャーと飛び回ってまた草の上に出てきました。ふたりは次にヒメジョオンの白い花に止まりひと休み。喉も乾いてたので蜜の味もまた一層美味しいものでした。
「ああ楽しかった。モンタも楽しかった?」
「楽しかったけど、キッキったら急に向きを変えるから追っかけるのが大変だったよ」
「花を見たり蜜を吸うのもいいけど、アスレチックで運動もしなくちゃね」
「キッキが草にぶつかりはしないかと、ヒヤヒヤしながら追っかけたよ」
「どうせまた、ぽっちゃりしてるのにって言いたいんでしょ」
「キッキがそうだなんて、思ってても言えないよ。言われたら傷つくだろう」
「そうね。でも私たち女の子はみんなぽっちゃりしてるって知ってるでしょう?」
「まぁ、そうだけど……」
「だけど私たちこう見えても、運動神経いいんだから。狭いところでもへっちゃらだよ」
「途中、カマキリが茅に止まっていて、ドキッとしたよ」
「あら、そうなの? ちっとも気づか……」
「キッキ、何、どうしたの?」
「人の足音や声が遠くでするのよ。聞こえない?」
「ほんとだ。聞こえる」
「だから草の中にちょっと隠れようよ」
ふたりはまた草の中に隠れました。
「モンタも感じない? 私たちのお母さんのお母さんの、そのまたお母さんの、何代も何代も前に、私たちの蝶が網を持った人たちに捕らえられたことがあったって」
「ぼくも感じる。だからちょっと怖い。だけど、だけど、そのまた何代も何代も前には、牛のために草刈りに来ていた男の人や女の人や子どもたちに、かわいがってもらっていたってことも伝わっているよ」
「そうね、ある子なんか、いつまでもいつまでも一緒に遊ぼうねって言ってたもんね」
「あっ、そうそう。さっき草の中で素敵なオミナエシの家を見つけたよ」
「本当? それっていいね。また教えて」
ふたりが草むらの下で、話している間に、人の足音は遠ざかっていきました。
「さっきの人たちは、ぼくらの様子を観察してパトロールしている人たちだったね」
「私たちの仲間が減ってきているから、増やそうとしてくれているらしいね」
「そうそう。ぼくらが幼虫の時、オミナエシの葉を食べているころだったかな、草刈りの音がしてたのが、そういうことなんだ」
「おかげで、オカトラノオやオミナエシも少しずつ増えてきているんだよね」
「だから過ごしやすくなって来てるんだ」
「ねえねえ、モンタ。素敵な家に案内してよ」
「過ごしやすい自然と、素敵な家があって、見守ってくれる人がいると、安心して仲間を増やしいけそうだね」
( お・し・ま・い )