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《第3集目次》 |
21.モモの初盆 (2003.8.13) |
2003年2月15日朝、僕の突然の死からもう半年がたつ。
あの後、僕にかんちゃんがつけてくれた名前がある。人間の世界では戒名というらしい。法名ともいう。諡(おくりな)である。それは
噛引舌代太桃猫慈
だそうだ。なるほど、よく噛んで引っ張って、誰も「come in!」なんて呼び入れてくれなかったけど、勝手に入っていってみんなの仲間入りを果たした。舌で身体をよく舐めていた。僕の体も体重が5.4kgもあったと言ってはみんなで、「よー太っとるなぁ」と言ってからかってくれていた。でも猫だけどみんなを和ませてあげていたことが、最後の「慈」に表れているのだろうか?猫の我輩モモに忙しいかんちゃんがよくつけてくれたものである。
かんちゃんは、お盆に向けて僕の写真集を新たに作ってくれた。「モモ初盆走馬灯」というのだそうだ。僕の今までの特徴的な写真を何枚か、走馬灯のようによみがえるかのようなものだという。ぼくもいまさらながら、「そうだ、そんなこともあったなぁ」と懐かしく思い出される。最初のころは夜、家に入れてもらえず、2晩くらいは外に出されていた。その後はかわいそうに思ってくれたのか、入れてもらえるようになった。でも人との付き合いが初めてで、僕もどう付き合ってよいかよくわからず、部屋の隅で小さくうずくまっていた。やはり人に捨てられたというのが、僕の心のそこに強く残って疑心暗鬼になっていたのだろう。それが暮らすうちにひざにもいけるようになったり、噛み付きもし始めた。噛み付いても家から放り出されないという安心感がそうさせたのだろう。そうでなかったらなかなかそんなことはできないからね。ゆみちゃんにもよく噛み付いていって、怒られたものだ。家族全員に噛み付いていった。みんな怒ったが、みんなかわいがってくれた。
本堂の屋根まだたどり着いたときが一番の危機だった。あの時は生きた気持ちがしなかった。動こうとすると僕の自慢の吸盤も役に立たず滑り出すし、大きな声で鳴いてもなかなか誰も気づいてくれないし、弱った。おしっこちびりそうになった。でもやっとわかってもらえて、助けてもらったときはほっとしたものだ。そのあともしばらく腰が立たなかったけど。ちょうどこの前かんちゃんが魔女の一撃を食らったときのようだ。そのかんちゃんも今は楽になったみたいだ。
お盆に戻ってみると、かんちゃんは何かトレーニングらしきことをやっている。そばにあったのが小山内博さんの著した『生活習慣病に克つ新常識』(新潮新書)という本だ。それに影響されて「体幹筋トレーニング」というのをぎっくり腰になったときからやっていたらしい。そのおかげかぎっくり腰のほうも意外に早く直ったとお盆の棚経に檀家さんを回りながらあちこちで話しているみたいだ。自分からと言うより、急遽予定を変更したことからぎっくり腰になったようだと言う話が伝わっていってたようだ。ゆみちゃんはというと、「このお盆は、モモにとっても初盆だ。」といいながら僕のことを思い出しては、涙を流してくれているようだ。また戻ってきたので、足にでも噛み付いてやろうかな?ゆみちゃんきっと喜んでくれることだろう。(2003/8/13)
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