「チーちゃん、草刈りも終わったからお家に帰ろう」
「お母さん、待って待って。今、私の肩や手に小さな蝶々が止まってるの」
「ほんとだ。可愛いね。人懐っこい蝶々だね。また明日も会えるからさよならしよう」
「ねえ、もうちょっとだけいいでしょう?」
「そうね、もうちょっとだけよ」
やれやれまたいつもの「もうちょっと」が始まったと、お母さんもあきらめ顔でチーちゃんの横に並んで座りました。
「チーちゃん、あのね」
「なあに?」
「蝶ってすごいのよ。中には海の上を何千㎞も飛んで渡ってくるものもいるのよ」
「へえ、何千㎞って、ここからお家までとどっちが遠いの?」
「うふふ、家までよりもっともっと、ずーっと遠いんだよ」
「わたしなんか、家に帰るまでの間にもおんぶしてって言ってるのに、蝶々はおんぶなんかされなくてもいいの?」
「おんぶをしてくれる蝶々はいないけど、海の上に浮いている板切れなどに止まって休むかもしれないね」
「わたしが道に座り込むように?」
「そうね。それからお盆のときには蝶々の上に仏様が乗っているとか、願いをかなえてくれるとか、そんなことも言われているのよ」
「ふーん、蝶々ってすごいね。その願いをかなえてくれるのはうれしいね。わたしも願いごとをしたらかなえてもらえるのかな?」
「そうね。願いごとをしてみたら?」
「そうしよーっと」
小さいからチーちゃんと呼ばれていた千栄さんも、今では三人の小学生のお母さん。夏が近づき、グループの人と山に来ています。お母さんと草刈りに来ていたあの山です。
「千栄さん、ウスイロは飛んでいた?」
「残念だわ、今日も見かけんかったわ」
「なかなかいないわね。去年も飛んでる姿を誰も見なかったって言ってたし・・・」
「えっ? 去年も飛んでなかったの?」
「でもね、卵は見つかったんだよ」
「卵があったってことは、ウスイロも飛んでいたってことだよね」
「そうそう、だからまだまだ大丈夫ってみんな思ってるんだけど・・・」
「私、今年になってこっちに帰ってきて、みんなと一緒にやり始めたばっかりでしょ。だからよくわかっていないんだけど、そんなに少なくなってるのかしら?」
「今年、梅雨が開けたと思ったら雨ばっかり降って、ウスイロもなかなか思うように飛べないのかもしれないね」
「小さくてひらひら飛ぶ蝶には、ちょっとの風や雨は大変そうだもんね。小さい頃に私の肩や手に止まってくれていたのが、そのウスイロだと思ってるんだけどね」
「きっとそうだよね。近いうちにいなくなるかもしれないって最近は言われているけどね」
「三日後の卵調査にはみんなと探さないとね」
ウスイロヒョウモンモドキの卵調査の日がやってきました。千栄さんたちのグループと村外から応援に駆けつけてきてくれた大学生も含めた十六名で探すことになりました。みんなで手分けして胸の高さまである大きな草をかき分けかき分け、まだ膝の高さにもならないオミナエシの葉を見つけては、一枚一枚裏返して卵を探していくのです。
三十分、一時間と時間は過ぎていきます。
飛んでいなかったからやっぱり卵もないのかなと、みんなが思い始めた頃、
「あったよ、あった」
その声で周りの人たちも草を分けながらかけつけていきます。
「あったね。よかった。ほんとによかった」
みんなはホッとしました。この後も卵を探すのが楽しみになってきます。
「ここにもあった」
今度は、千栄さんも声を上げました。みんな大喜びです。
その夜、千栄さんは小学生の真希ちゃん未希ちゃん望くんの三人の子に、ウスイロの卵を見つけたことを話して聞かせました。
「お母さんが真希よりもっと小さい頃だから望くらいの時かな。おばあちゃんが山で草刈りをするのに一緒に行ったの。たくさんの蝶が飛んでいて手や肩にも止まってくれたんだよ。その時、おばあちゃんの話を聞いて、その蝶にお願いをしたの。『私が大人になっても私の肩に止まってちょうだい。私も蝶々さんの願いを聞いてあげるからね』って」
「やったね、お母さん。肩に止まってはもらえんかったけど、卵が見つかったから来年はきっと止まってもらえるよ」
秋になり、千栄さんたちはウスイロのためにと山の草刈りに汗を流していました。
( お・し・ま・い )